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神戸地方裁判所 昭和39年(む)8887号 判決

被告人 東本正治郎こと鄭忠徳

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する恐喝被告事件につき神戸地方裁判所裁判官が昭和三九年八月一七日にした保釈許可決定に対し、検察官から準抗告の申立があつたので当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定を取消す。

本件保釈の請求は却下する。

理由

一、被告人が昭和三九年七月二二日恐喝等の被疑事実について神戸地方裁判所裁判官の発した勾留状によつて勾留され、同年八月一〇日右恐喝事実について同裁判所に公訴を提起されたところ、弁護人からの同年八月一三日付保釈請求に対し同月一七日同裁判所裁判官長久一三が保釈許可決定をしたことは本件被告事件記録により明らかである。

二、ところで検察官の本件準抗告理由の要旨は別紙検察官の準抗告申立書記載のとおりである。

三、よつて判断すると、本件被告事件記録及び当裁判所が神戸地方検察庁から取寄せた捜査記録によれば、

(1)  本件保釈決定に定めた保証金未納付のため、被告人は勾留を継続せられたまま昭和三九年九月七日の第一回公判期日を迎えたこと、

(2)  右公判期日において被告人は被害者たる森本憲一からの金銭の授受は認めたが恐喝の犯意とその手段たる脅迫の事実を否認したこと、

(3)  その結果検察官請求証拠のうち森本の捜査機関に対する供述調書四通は被告人側において証拠とすることに同意せず、来る一〇月九日午後二時からの第二回公判期日に森本の証人尋問が行われる予定であること、

(4)  被告人は捜査機関の取調に対し、当初は森本に対し立替えた旅館代の取立をしたまでと主張し、その後供述内容に多少の変遷と動揺を示しながらも結局は恐喝の犯行を認める供述をするに至つたものの、右のように起訴後の公判廷においては一転して否認するに至つたこと、

(5)  この間において被告人は別件で起訴され勾留中の森本とたまたま神戸拘置所の浴場で顔を合わせるや、森本に対し「お前の事件でここに来た、あんまりしやべりよつたら、しまいに生命を落すようになるぞ」と脅迫し、極度に恐れた森本は被告人とのいきさつを担当看守に話し居房の変更を願い出たため、拘置所側でもこれに応じ手配済みであること、

(6)  被告人は神戸市内に本拠を有する暴力団山口組系清水組の若頭輔佐の地位にあり昭和三六年三月二二日神戸地方裁判所で言渡された職業安定法違反罪(懲役一〇月)による保護観察付執行猶予中の身で罪責を免れようと計る虞れが大きく、他に重過失傷害罪、銃砲刀剣類等所持取締法違反罪の前科を有するものであること、

以上の事実が認められ、更に本件犯行現場に居合わせたのは前記森本のほかは被告人の舎弟らであつて被告人と日頃密接な関係にあることをも総合考慮すると、公訴事実の立証に重要な役割を果す第三者を畏怖させる行為をしたり、これに隠密裡な働きかけが行われたり、或いは口裏を合わせ策動工作をはかる手段に出るなど、被告人には罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があると優に認められる。

なおまた被告人の前記犯歴よりして本件犯行は常習として長期三年以上の懲役又は禁錮にあたる罪を犯したものとも認められる。

従つて、主要な実体的審理の済んでいない訴訟の現段階では被告人には刑事訴訟法八九条三号、四号及び五号に定める事由があるから権利保釈は許可できず、更に本件事案の性格及び前記のように罪証隠滅の疑いの強い被告人の場合には、裁量保釈を許可する余地も認められない。

四、よつて本件準抗告は理由があるから刑事訴訟法四三二条、四二六条二項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 石丸弘衛 原田直郎 平井和通)

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